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*この日記は、2024年5月2日夜~6日にかけて巡ったツーリングの記録です。
よろしければ最初からお楽しみくださいね☆
DAY:0の記事はこちら(旅立ちの様子)
DAY:1-1の記事はこちら(旧・野蒜駅)
さて、旧・野蒜駅の散策を終えたあとは、
最寄りの鳴瀬奥松島インターから再び三陸道へと戻って、次なる目的地へ!
続いての目的地は、石巻市を通り越した先=南三陸町。
海岸線から少し離れた高台を繋ぐように、新しい無料の高規格道路が続いています。
南三陸町へは三陸道の志津川インターで降りて、中心部へと坂を下って行くわけですが、
その前にと、インターからすぐの場所にあったエネオスで給油をしたんですよね。
スタッフさん「いらっしゃいませ~♪」
ボク「こんにちは、お世話になります♪」
スタ「今日はどちらから?」
ボク「グンマからです。震災の遺構を訪ねてまわっているんですけど」
スタ「そうなんですね~。防災庁舎はこの坂を下ったところですよ」
ボク「ありがとうございます!このスタンドは新しめな感じですけど、震災の後にできたんですか?」
スタ「そうですね、ここには元々民家がありましたが津波で流されて・・・」
ボク「えっ!?(゚Д゚)エッ!?」
スタ「更地になってた場所にウチの会社がスタンドを建てました」
ボク「えっ・・・そう言われてみると、周りの景色が違って見えますね・・・」
切り立った尾根筋に挟まれたせまい平地に、キレイに整備された土地・・・
付近の高台には、新しめの住宅が点在しています。
そうか、ここは典型的なリアス式海岸線だから、津波の被害も大きかったんだ。
スタッフさん「私も当時は、他の場所で勤務していたんですけどね」
ここでボクは、さらなる「気づき」を突きつけられました。
この土地で今も生きて生活している方々は、
たとえ「語り部」などとして積極的に発信せずとも、
皆さんが地獄を乗り越えた「被災者」なんだ。。。
ボク「そうなんですか・・・でもご自身は被害にはあわれずに?」
スタ「ウチはどうにか。でもそのおかげと言っちゃなんですが」
ボク「・・・?」
スタ「新しい道路もできて、ウチもここでスタンドをやれてますから」
ボク「なるほど!次の津波が来ても物流が止まらないように、高台に道を作り直して」
スタ「そうですね、震災前はなかなか三陸道の工事は進まなかったけど(笑)」
ボク「あ~はいはい!(笑)」
スタ「予算が付いてあっという間に出来上がった!(笑)」
現地を見るまでは・・・
いつの間にやら「震災復興特別税」なんて仕組みが出来上がって、
ずいぶんと高い税金を取られて、
「みんな土建屋と政治家の儲けになってるだけじゃね??(`д´)ケッ」!
・・・なんて思ってましたけどねw
こうして確実に「次の災害に備える街づくり」に活かされているのなら、
高い税金を取られている意義もあるってもんですかな!ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ!
さて!
「お気を付けて~」の声に見送られて、再び走り出してすぐ・・・
南三陸311メモリアルの建物に到着です~(^-^*)
公式サイトはこちら:南三陸311メモリアル
こちらの敷地は、かの有名な「南三陸町・旧防災対策庁舎」を中心とした、
復興祈念公園の一角にありましてね。
当時の津波の高さ(16.5m)よりも高くかさ上げされた土地に「道の駅・南三陸さんさん市場」も作られ、
生まれ変わった南三陸町の中心部として、とても賑わっていましたよ♪
ただ今回、「南三陸311メモリアル」の展示は実を言うと・・・
野蒜で見た震災被害の実情に打ちのめされちゃって、とても見る気になれず・・・(-.-;)
「時間も無いし・・・」なんて自分に言い訳しつつ、南三陸さんさん市場へと向かいました。
まぁ実際、この時点で時刻は午後1時40分くらいだったかな?
例によってお昼も食べずにここまで来たので、
屋台村の出店で売られていた魚介類の串焼きが、とにかく旨そうでね~!( *´艸`)
昼メシ代わりに、ホタテとカキのオリーブ焼きをげっと~!ヽ(゚∀゚)ノ うぇ───ぃ♪
「酒を持ってこい~!」なんて思いつつw、あっという間に平らげて(笑)、
その後はさんさん市場の商店でお土産などを購入!(^-^*)
そしていざ。
旧・防災対策庁舎へと続く、大きな橋を渡りました。
(ボクにはちょっと勇気が必要でした。。。)
この、旧・防災対策庁舎が建っている場所が、もともとの南三陸町の地面なんですけど、
見上げるとホントに大きくて立派な、鉄骨造りの建物でした。
2011年3月11日に、南三陸町を襲った津波の高さは平均16.5m。
ここでは、防災無線で避難を呼びかけ続けて亡くなった、
とある女性職員のことがあまりにも有名ですが、
実は当日、この建物の屋上にも多くの方が避難していて、
そのうち43名の方が犠牲になったそうです。
巨大な津波は、この大きな建物すら丸ごと飲み込み・・・
無残にねじ曲げられた鉄骨が、津波の恐ろしさを雄弁に語っていました。
そっと手を合わせて、犠牲になった方のご冥福を祈り、
ボクはこの場所を離れました。
さてここで、箸休め的なちょっとしたネタをご紹介しますね~♪
南三陸さんさん市場から、国道45号線を渡ってすぐの場所に、
”それ”はありましたよ~(・∀・)ニヤニヤ
”それ”はなんと!
あの「モアイ像」じゃないですか~!(*ノ∀`*)キャッ
どうしてここ、南三陸町に「モアイ像」があるかと言いますと・・・
かつて発生した南米の「チリ地震」のとき、
地球の反対側にある、この南三陸町でも津波の被害が出たらしいんですよね。
で、それをきっかけに南三陸町とチリが友好関係を結び、モアイ像が贈られたんだそうです。
ところが・・・
東日本大震災で、その時に贈ってもらった「モアイ像」は流出してしまい・・・
(のちに頭部だけ発見されて、今は南三陸町の高校に保存されているらしい)
街の人たちは幾重にも哀しんだんだそうです。
しかし!それを伝え聞いたチリの皆さんが神対応!∑(*゚艸゚*)オオッ!!
なんと、今度は門外不出のイースター島の石を使い、
イースター島の職人さんによる「本物の中のホンモノ」のモアイ像を、
どどーん!とプレゼントしちゃった!!∑(゚Д゚)スッ、スゲー!!
というわけで、この「目が入ったモアイ像」は、
世界で唯一の、イースター島の外にある「本物のモアイ像」だそうで~( *´艸`)プププ
南三陸町の旧・防災歳策庁舎を見学された際にはぜひ、
この「本物のモアイ像」も訪ねて見てくださいね☆
(さんさん市場のすぐ近くなのに、ほとんど人がいなかったのがちょっと気になるな~^-^;)
続きはこちら DAY:1-3
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