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2024年5月 9日 (木)

春の東北周遊2024 DAY:1-2 宮城の震災遺構を訪ねて・その2

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*この日記は、2024年5月2日夜~6日にかけて巡ったツーリングの記録です。

 よろしければ最初からお楽しみくださいね☆

DAY:0の記事はこちら(旅立ちの様子)

DAY:1-1の記事はこちら(旧・野蒜駅)

 

さて、旧・野蒜駅の散策を終えたあとは、

最寄りの鳴瀬奥松島インターから再び三陸道へと戻って、次なる目的地へ!

 

20240508

 

続いての目的地は、石巻市を通り越した先=南三陸町。

海岸線から少し離れた高台を繋ぐように、新しい無料の高規格道路が続いています。

南三陸町へは三陸道の志津川インターで降りて、中心部へと坂を下って行くわけですが、

その前にと、インターからすぐの場所にあったエネオスで給油をしたんですよね。

 

スタッフさん「いらっしゃいませ~♪」

ボク「こんにちは、お世話になります♪」

スタ「今日はどちらから?」

ボク「グンマからです。震災の遺構を訪ねてまわっているんですけど」

スタ「そうなんですね~。防災庁舎はこの坂を下ったところですよ」

ボク「ありがとうございます!このスタンドは新しめな感じですけど、震災の後にできたんですか?」

スタ「そうですね、ここには元々民家がありましたが津波で流されて・・・」

ボク「えっ!?(゚Д゚)エッ!?」

スタ「更地になってた場所にウチの会社がスタンドを建てました」

ボク「えっ・・・そう言われてみると、周りの景色が違って見えますね・・・」

 

切り立った尾根筋に挟まれたせまい平地に、キレイに整備された土地・・・

付近の高台には、新しめの住宅が点在しています。

そうか、ここは典型的なリアス式海岸線だから、津波の被害も大きかったんだ。

 

スタッフさん「私も当時は、他の場所で勤務していたんですけどね」

 

ここでボクは、さらなる「気づき」を突きつけられました。

この土地で今も生きて生活している方々は、

たとえ「語り部」などとして積極的に発信せずとも、

皆さんが地獄を乗り越えた「被災者」なんだ。。。

 

ボク「そうなんですか・・・でもご自身は被害にはあわれずに?」

スタ「ウチはどうにか。でもそのおかげと言っちゃなんですが」

ボク「・・・?」

スタ「新しい道路もできて、ウチもここでスタンドをやれてますから」

ボク「なるほど!次の津波が来ても物流が止まらないように、高台に道を作り直して」

スタ「そうですね、震災前はなかなか三陸道の工事は進まなかったけど(笑)」

ボク「あ~はいはい!(笑)」

スタ「予算が付いてあっという間に出来上がった!(笑)」

 

現地を見るまでは・・・

いつの間にやら「震災復興特別税」なんて仕組みが出来上がって、

ずいぶんと高い税金を取られて、

「みんな土建屋と政治家の儲けになってるだけじゃね??(`д´)ケッ」!

・・・なんて思ってましたけどねw

こうして確実に「次の災害に備える街づくり」に活かされているのなら、

高い税金を取られている意義もあるってもんですかな!ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ!

 

さて!

「お気を付けて~」の声に見送られて、再び走り出してすぐ・・・

 

Dsc_0018_20240507203401

 

南三陸311メモリアルの建物に到着です~(^-^*)

公式サイトはこちら:南三陸311メモリアル

 

こちらの敷地は、かの有名な「南三陸町・旧防災対策庁舎」を中心とした、

復興祈念公園の一角にありましてね。

当時の津波の高さ(16.5m)よりも高くかさ上げされた土地に「道の駅・南三陸さんさん市場」も作られ、

生まれ変わった南三陸町の中心部として、とても賑わっていましたよ♪

 

Dsc_0019_20240507203401

 

ただ今回、「南三陸311メモリアル」の展示は実を言うと・・・

野蒜で見た震災被害の実情に打ちのめされちゃって、とても見る気になれず・・・(-.-;)

「時間も無いし・・・」なんて自分に言い訳しつつ、南三陸さんさん市場へと向かいました。

 

Dsc_0021_20240507203401

 

まぁ実際、この時点で時刻は午後1時40分くらいだったかな?

例によってお昼も食べずにここまで来たので、

屋台村の出店で売られていた魚介類の串焼きが、とにかく旨そうでね~!( *´艸`)

 

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昼メシ代わりに、ホタテとカキのオリーブ焼きをげっと~!ヽ(゚∀゚)ノ うぇ───ぃ♪

「酒を持ってこい~!」なんて思いつつw、あっという間に平らげて(笑)、

その後はさんさん市場の商店でお土産などを購入!(^-^*)

 

Dsc_0031_20240507203501

 

そしていざ。

旧・防災対策庁舎へと続く、大きな橋を渡りました。

(ボクにはちょっと勇気が必要でした。。。)

 

Dscn2829

 

この、旧・防災対策庁舎が建っている場所が、もともとの南三陸町の地面なんですけど、

見上げるとホントに大きくて立派な、鉄骨造りの建物でした。

 

Dsc_0042_20240507203501

 

2011年3月11日に、南三陸町を襲った津波の高さは平均16.5m。

ここでは、防災無線で避難を呼びかけ続けて亡くなった、

とある女性職員のことがあまりにも有名ですが、

実は当日、この建物の屋上にも多くの方が避難していて、

そのうち43名の方が犠牲になったそうです。

巨大な津波は、この大きな建物すら丸ごと飲み込み・・・

無残にねじ曲げられた鉄骨が、津波の恐ろしさを雄弁に語っていました。

 

Dsc_0045_20240507203501

 

そっと手を合わせて、犠牲になった方のご冥福を祈り、

ボクはこの場所を離れました。

 

Dsc_0058_20240507203501

 

さてここで、箸休め的なちょっとしたネタをご紹介しますね~♪

南三陸さんさん市場から、国道45号線を渡ってすぐの場所に、

”それ”はありましたよ~(・∀・)ニヤニヤ

 

Dsc_0053_20240509221101

 

”それ”はなんと!

あの「モアイ像」じゃないですか~!(*ノ∀`*)キャッ

 

Dsc_0057_20240507203501

 

どうしてここ、南三陸町に「モアイ像」があるかと言いますと・・・

かつて発生した南米の「チリ地震」のとき、

地球の反対側にある、この南三陸町でも津波の被害が出たらしいんですよね。

で、それをきっかけに南三陸町とチリが友好関係を結び、モアイ像が贈られたんだそうです。

 

ところが・・・

東日本大震災で、その時に贈ってもらった「モアイ像」は流出してしまい・・・

(のちに頭部だけ発見されて、今は南三陸町の高校に保存されているらしい)

街の人たちは幾重にも哀しんだんだそうです。

 

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しかし!それを伝え聞いたチリの皆さんが神対応!∑(*゚艸゚*)オオッ!!

なんと、今度は門外不出のイースター島の石を使い、

イースター島の職人さんによる「本物の中のホンモノ」のモアイ像を、

どどーん!とプレゼントしちゃった!!∑(゚Д゚)スッ、スゲー!!

 

というわけで、この「目が入ったモアイ像」は、

世界で唯一の、イースター島の外にある「本物のモアイ像」だそうで~( *´艸`)プププ

南三陸町の旧・防災歳策庁舎を見学された際にはぜひ、

この「本物のモアイ像」も訪ねて見てくださいね☆

(さんさん市場のすぐ近くなのに、ほとんど人がいなかったのがちょっと気になるな~^-^;)

 

続きはこちら DAY:1-3

 

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コメント

私も、ここを訪れた事が有ります。
防災庁舎の屋上に避難すれば!安全だったと
誰もが思うでしょう(泣)
防潮堤が街を覆う姿も異様でしたが…
必要な設備なんでしょうね★★

モアイ君は、少々コンパクトなのかな?
可愛げが有って好きです⇗♡
お土産のモアイの顔面ティッシュカバーは
今も現役で使ってますよ~www

アルカリさんおはようございます✨

あんなデカい建物が…
凄いですね…
やはり現地で現物を見るともっと凄かったんでしょうね…

モアイのオブジェはいろんな所にありますが、まさか本物とは!😳
1度見てみたいです✨

> 空波さん

空波さんも現地に行かれたことがあるんですね~(^-^*)
確かに、「防災対策庁舎」って名前が付いているんだから、
そこが一番安全だと信じて避難してきた人も多かったんでしょうね。。。

でも、その前に寄ったスタンドのオジサンだったかな~?
『あの場所じゃ海に近すぎる』って言う意見も、あるにはあったんだと教えてもらいました。
結果的に”それが正論だった”と証明されてしまったのが、哀しいですね。


ちなみに・・・モアイの顔面ティッシュカバーですと!?∑(*゚艸゚*)
そんなお土産物があったとは!(笑)
次回行ったら探してみます( *´艸`)プププ

> ヨッシーさん

そうですね、やはり「本物の持つ迫力」というか、
凄みみたいなモノは強く感じましたよ。

ただ、この防災対策庁舎について、
建物の前の解説版に書かれていたことなんですが・・・
「とりあえず2031年までの保存は決まっているが、その後は未定」
ってことらしいんですよね~(^-^;)

「見ると災害を思い出して辛くなるから」という意見もわからなくはないですが、
50年後、100年後に津波のことを忘れた人たちがまた被害に遭わないためにも、
個人的には永久保存だろうが~!って言いたいですな┐(´∀`)┌ヤレヤレ

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