東北周遊2025夏 DAY:3-1 由利本荘の歴史&八郎潟のネタ巡り♪
*この記事は、2025年8月13日~17日にかけて巡った東北周遊ツーリングのレポートです。
2025年8月15日(金曜)、秋田県は晴れ!
この日は、宿泊している由利本荘のルートインを出発して、
男鹿半島のあたりをのんびり旅した一日でした。
と、その前に。
今回の旅で拠点にした秋田県の由利本荘市ですが、
ボクが東北周遊ツーリングに出た際には何度も宿泊している、
個人的に馴染みのある街なんです。
(『由利本荘までなら1日で走れる』という今までの経験から、旅の始点・終点にしやすい)
しかし、実はこれまで由利本荘市自体のことは、
ほとんど調べたことがなくてね・・・∑(ノ∀`*)アチャー
そんなわけで、今回はわりと日程に余裕もあるし、
ちゃんと由利本荘のことも知っておこうと思い立ち、
この日の最初は本荘城の城址公園を訪ねてみることにしましたよ♪
ホテルを出発して、まず向かったのは本荘城の跡に整備されている「本荘公園」です。
本荘市役所隣にあるので、市役所の駐車場にバイクを止めて散策を開始。
この本荘城は、土塁と堀で固められた「土塁の城」として有名だったそうで、
高さのある石垣を前にすると圧倒される思いがしました。
そして石垣の上からふと、公園全体を眺めてみたらビックリ!
なんと、立派な松の防風林がすべて同じ方向に傾いたまま育っているんですよ~!w(*゚ロ゚*)w ワオ!
後ろに見える鉄塔と比べてみると、その傾き具合がわかるかと思いますが、
要はこの写真の左手方向にある日本海から、いつも強い風が吹く土地柄なんでしょうね。
この日は穏やかな夏の朝って感じでしたが、特に厳しいのはやはり冬場なのかな?
日本海から吹き付ける強風、それに伴う寒さと雪ことを思わずにいられませんでした。
これは本荘公園の案内図です。
かなり規模の大きいお城だった事がわかりますね。
さて、やって来たのは由利本荘の歴史資料館「修身館」という施設です。
館内は撮影禁止のため画像はありませんが、
木材をふんだんに使ったぬくもりのある展示スペースで、
縄文時代から近現代に至るまで、由利本荘の歴史が網羅的に紹介されていました。
こちらは、修身館の中庭の様子です。
漆喰をイメージしているのでしょうか、白壁の建物が印象的ですね。
それで、「歴史ネタ」というとボクは幕末あたりの話しが好きなので、
せっかくですから職員の方にお話を伺ってみることにしましたよ。
ちょうどこの時は朝イチの訪問だったこともあり、ボク以外の見学者はなし!(笑)
職員の方を貸し切りwでいろいろ聴かせていただくことに~!(・∀・)ニヤニヤ
それで詳しい話しは長くなるので割愛しますけど・・・
幕末の東北地方と言えば、
いわゆる「奥羽越列藩同盟」の成立と崩壊が大きなトピックスになるわけですが。
ここ本荘藩は、北を秋田藩(久保田藩=佐竹氏)に、
南を庄内藩(=酒井氏)という巨大な勢力に挟まれた土地で、
隣り合う小藩の亀田藩や矢島藩と併せて歴史の荒波にかなり揉まれたようですね。
いろいろと興味深いお話しを伺うことができました~( *´艸`)
さて、それでは次に行ってみよう!ってことで、
日本海東北道の本荘インターから高速に乗り、秋田道の五城目八郎潟インターから一般道へ。
続いては、東北有数の米の産地・八郎潟へと向かいますよ~。
まるで北海道のような、真っ直ぐに延びる道!( *'д')bイイ!!
田んぼが縦・横にきっちり区画整理されている八郎潟は、
本州とは思えない直線道路の宝庫です♪
干拓地を貫く直線道路を楽しんでたどり着いた、
八郎潟随一のネタスポット(個人的見解w)はこちら!
八郎潟の真ん中をドーン!と貫く県道298号・ひまわりロードの端にある、
その名も「日本一低い山」!(゚Д゚)エッ?
傍らにあった解説版によると、どうやらこの「日本一低い山」の高さは、
ちょうど富士山の1000分の1にあたる、3.776mなんだとか~( *´艸`)プププ
そしてその”頂上”の高さが、かつての八郎潟の水位と同じと言うんですから、
八郎潟の干拓事業がいかに大規模なことだったのかが窺い知れるというものです。
せっかく来たので、記念撮影しましたよ(笑)
~つづく~
-----
おひとつポチッと! 応援よろしくお願いします~☆( *・ω・)bグッ












最近のコメント